4月25日・僕とあっちゃんがピンチになった日

     あの試合があった日から、僕とあっちゃんは毎日毎日練習に明け暮れた。
     バッティング、ノック、スローイング、そしてもちろんバントの練習も・・
     バントは、相変わらず上手くいかないけれど、時々そんな僕たちをみかねてか
     いらぶっちが、ぶっきらぼうに教えてくれる。
     今まで怖い印象しかなかったいらぶっちが、なんだか良い先輩に見えてきた。
     これも一つの収穫だ。

     そんなある日、給食が終わって掃除の時間にあっちゃんの姿が見えなかった。
     (アイツ、サボったな!)って、思っていたら、廊下の向こう側から
     トボトボトと、元気のない足取りで歩いてくる。

     「あっちゃ〜ん!掃除当番さぼったな!」
     いつものあっちゃんなら、僕の言葉にすかさず反応してくるのに
     それが無い。
     「どうしたん?」
     「憲くん、聞いて!今、金本さんに呼ばれて行ってきたんやけど
      なんか、転校生がいて野球部に入るらしいねん」
     「へぇ〜いいやん!人数増えて」
     「いい事ないねん!そいつ少年野球やってるって」

     僕は、あっちゃんの言いたい事が良くわからなかった。
     少年野球をしている位だから、巧いと思うし
     そんな巧い人が入部してくれるのは、野球部にとって
     嬉しい事じゃないのかな?

     「のんきそうな顔している場合じゃないよ!そいつ固定守備
      ショートらしいねん!!!」
     「ふ〜ん・・・・ショートかあ〜ショートが強かったら、引き締まるよなあ〜
      ショートかあ〜・・・・・・あ?あれっ??ショ・・・ショーートッ!!」

     僕は、吃驚した!ショートってあっちゃんの守備位置やん。
     ようやく、あっちゃんの浮かない顔の理由が解かった。
     その転校生ってやつが入部すると、あっちゃんはどうなるん?
     「憲くん、僕な・・めっちゃ不安やねん」

     そうだよな・・・殆どオドシに近い形で、入部させられて
     やった事の無い守備につかされて、それでも一生懸命練習してきた。
     最近は、野球の面白さも分かってきたし、与えられたポジションに
     愛着も湧いてきた。
     それなのに、後から入ってきたやつに、サッとポジションを取られるなんて
     寂しすぎるよな・・・

     僕は、あっちゃんを元気付けるかのように、明るい声で言った。
     「あっちゃん!転校生がどれだけ巧いか、まだ分からんやん!
      あっちゃんの方が、ずっとずっと巧いかもしれんし・・」
     「んん・・・でも少年野球で注目されてるらしいって、金本さんが言ってたし
      ポジション取られへんように、頑張れって」 
     あ〜あ、金本さんも危機感煽る様な事、言わんでも・・
     
     「よしっ!あっちゃん、そいつ見にいこ!」
     「えっ?」
     「何組なん?」
     「一組らしいけど」
     「見に行って、よわっちいヤツやったら、自信持てるって!」
     「・・・・うん!そうやな!」
     
     「何ていう名前なん?そいつ」
     廊下から教室を覗きながら、あっちゃんに聞いた。
     「えっ〜〜っと・・鳥山・・・」

     なるべく転校生っぽい、まだ教室に慣れていない【よわっちい】ヤツを
     名札を見ながら探していく。
     僕は、背は高いけど痩せっぽちで青白い顔をしたやつを見つけた。
     「あっ!あいつやで!あっちゃん」
     名札に「鳥山」と書いてある。野球なんてしそうにも無いひ弱な印象に
     僕たちは、一筋の希望が見えた気がした。
     大丈夫!こんなヤツなら、あっちゃん方が巧いし体力もある。

     「ちょっと声かけてみよか?」と、あっちゃん。
     こいつ〜相手がもやしっ子みたいって分かった瞬間、態度がえらい違うやん!
     「おーーーい!鳥山くん!!」
     突然、声をかけられて向こうは吃驚したみたい。
     それでも、僕たちのほうに近づいてきた。

     「なあ、何してんの?」掃除やろ!とあっちゃんにツッコミたかった、僕。
     「はあ?掃除してるけど?あんたら誰?」
     「僕ら、3組やねん、僕が藤本でこいつが赤星」
     「で、何?」
     突然、あっちゃんが大声で挑戦的に鳥山に言い放った。

     「今から言っとく!野球部に入ってもポジションなんか無いで!
      ショートは、僕のもんや!!絶対渡せへん!」
     その声に、一組のみんなは、何事かとこっちを見ているけど
     僕は、あっちゃんの迫力に驚きながらも、拍手を送りたい気分になった。
     「よっしゃっ!!あっちゃんよう言うたな!!」
     でも、肝心の鳥山の反応は、イマイチだ。
     「野球部?はあ?何の話なん、何の事か分からんわ」
     やはり、さっきの迫力のままあっちゃんは続けた。
     「金本さんから聞いてるんや!鳥山が野球部に入るって!
      守備は、ショートらしいな、僕もショートやねん。
      でも、負けへんからな!転校生やからって、甘えるなよ!」

     鳥山は、眼をパチクリさせて、僕たちを見た。
     「俺、この小学校に一年からおるけど?」
     「はっ!?」
     唖然としているあっちゃんの代わりに、僕が恐る恐る聞いてみた。
     「少年野球していて野球部に入る転校生ちゃうの?」
     「ちがうわ!そいつやったらあそこにおる!」
 
     鳥山が指差した方を見ると、この一部始終をずっと不思議そうに見ている
     一組の中に混じってひときわ爽やかで、女子にもモテそうな・・
     それでいて、意志の強そうな目力のあるやつがいた。
     鳥山とは、正反対だ。
     僕と目が合うと、静かに歩み寄ってくる。
     その表情は、自信に満ち溢れていた。
   
     「初めまして、赤星くんに藤本くんですね、金本先輩から聞いています
      明日の練習から参加させてもらう【鳥谷】です」
     「ぎゃあーーー!名前間違った!!」
     「あっちゃん!!間違いすぎやわ!最悪!
      ごめんなあ〜鳥山くん、あっ鳥谷くんも悪かったなあ」
     僕たちの慌てぶりをそ知らぬ振りして、鳥谷は微笑んだ。
 
     「僕も転校生だからって、甘えるつもりないです
      ショートのポジション、貰っていくつもりです」
     微笑んだ鳥谷の口元から、白い歯がキラッと光った気がした。

     3組に向かう廊下で、思ってもみない展開にあっちゃんは元気が無い。
     「あっちゃん、元気出しや、まだプレイしてないし実力わからんし」
     「分かるわ・・・あの顔見たか?自信満々やった。ええなあ〜憲くんは」
     「えっ?」
     「センター争い無いやん、もうセンターは、憲くんやって、みんな言うてる」
     「何言うてるん!僕かってわからん、足の速い巧い人が入ってきたら
      あっという間に、補欠やわ。それに中村先輩もおるし」
     
     その時、後ろから僕を呼ぶ声がした 「レッドーーー!!」
     振り向くと憧れの桧山先輩と矢野先輩だった。
     「どうしたんですか?4年の校舎で」
     「うん、レッドに報告しておこうと思ってな、俺ら野球部に入るから」
     「えええーーーー!先輩たちも金本さんに脅かされて?」
     「アホか、自分の意思や」
     「また、なんで?それに児童会の仕事はどうするんですか?」
     「当然続けるよ、いや、ちょっと思う事があって・・・」

     言葉を濁した桧山さんの代わりに矢野さんが説明しだした。
     「昨日、公園で遊んでいたら他校から野球しよって言われてな
      したけど、もう全然打たれへん。俺ら野球も出来るはずやったのに・・
      聞いたら、向こうのピッチャーな『ジャイロボール』っていうのん投げてたんや」
  
     『ジャイロボール』聞いた事がある、ボールの回転が普通より違うらしい。
     だから、打つのは当然難しいみたい。

     「それ聞いて断然燃えてきたんや!野球部入って、あのボール打ったる!
      金本にも今話してきた」
     「そうなんですか、頑張って下さいね!」
     「あっそうそう、守備やけど俺がキャッチャーで、桧山が外野らしいで」

     外野と聞いて、僕の頭はめまぐるしく働き出した。
     えっと・・・レフトは金本さんで・・ライトは葛城さんで・・中村さんもおるし・・
     桧山さんが入ったら??えっ?えっ?これって・・・・まさか!

     僕の発する声より先に、あっちゃんの声が聞こえた。
     「憲くん!!憲くんも危ないやん!!」
     僕たちは、顔を見合わせた。
     外野は3人、4人も要らない。僕以外はみんな上級生・・・
     「あっちゃん・・・・僕もあっちゃんとおんなじや」
     「憲くん、お互い頑張ろうな」

     そう言うあっちゃんの表情は、先程とは大違いで
     仲間を見つけた喜びから、生き生きとしている。
     「なんか、喜んでない?」
     「ないない」
     
     センター・・どうなるんだろ?桧山さんも巧いらしいし、
     ポジションは、絶対取られたくない! 
     握りこぶしに、思わずグッと力が入った・・・

                     PM21時30分  
      
                                  この作品はフィクションです。   
 


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