4月9日・野球部デビューの日
     
     授業が終わって、みんなは楽しそうにグランドに駆け出していく。
     でも、僕とあっちゃんは、浮かない顔で体操服に着替えて
     野球部が集まるグランドに向かった。
     
     「なあ、あっちゃん。何でこんな事になったんやろうか・・」
     「なんでって・・みんな金本さんのせいやろ」
     「あの時、断ったらよかったな」
     「断ったらどんな事になるか、ぼく想像したくない」
     
     「おおーーよう来たなあ〜」
     金本さんの声で、他の上級生の人達が僕らを見た。
     緊張した。あっちゃんはまた、僕の後ろに隠れるようにして立っている。
     「あっ!憲くん!」
     上級生の輪の中から、僕を呼ぶ声がした。
     「秀太くん!」
     秀太くんは、僕の所まで一目散に走ってきた。
     その表情は、仲間を見つけた安堵感でホッとした笑顔だった。

     「憲くんも野球部に入るん?」
     「入るというか、入らされたって感じ・・」
     あっちゃんが、僕の背後から顔だけ出して様子を伺うような仕草をしている。
     「あっちゃんも?」
     「うん、僕も無理矢理や、秀太くんは自分から?」
     「違うわ、あのガタイの大きい目の細い人に廊下で話しかけられて
     『おらあ〜なんか面白そうなキャラしとるから野球部入るな?』
     って、言われてん」

      秀太くんが、誰の事を言っているのか聞かなくても分かる。
     「面白そうなキャラ」で、勧誘された秀太くんも可哀想・・
     実際、秀太くんって面白いけど。

     「しゅうごうーー!」
     突然、声がかかった。
     その声の方を向いてみると、そこにはジャージ姿の星野先生がいた。
     「の・・の・・憲くん!監督ってまさか・・」
     「星野先生!?」
 
     星野先生は、僕たちの3年の時の担任だった。
     もうとにかく、怖かった。授業中、少しでもおしゃべりすると
     チョークが飛んでくる。
     それでも、聞かなかったり悪い事をした時は
     傍にあるものをなんでもぶっ壊して、その迫力にびくびくしてしまう。
     でも、生徒の誕生日には
     少しだけど、花をプレゼントしてくれたり、大きな手で握手して
     「おめでとさん」
     って、優しい顔で言ってくれたりもした。
     だから、星野先生の事を嫌う子なんてあまりいなかったな。
     あっちゃんも僕も悪い事して、廊下で追いかけられたりしたけど
     それがまた星野先生と鬼ごっこしているみたいで、楽しかった。
     あっちゃんなんか、追いかけて欲しいからわざと
     怒られる事をしてたって、言ってたし。
  
     その星野先生が、野球部の監督だなんて!
     嬉しいのか、怖いのか複雑な感じだった。
  
     「あれっ!?リンとアカボシやないか?」
     星野先生は、僕たちを見つけると嬉しそうに笑った。
     「そうかそうか!お前ら野球する気になったんやな、ヨシヨシ
     しごいたるからな。とりあえず、アップしてくるか?
     ストレッチしたらグランド10周や。
     守備も決めな・・リンはいつもウロチョロしてるから
     セカンドかショートや。
     アカボシは・・・足速かったな、それだけで外野やで」
  
     僕は内心、ちょっと不貞腐れた。
     いつも、いつも言っている事なのに・・・
     いつになったら、ちゃんと覚えてくれるんだろう。
     僕の名前は「あかほし」で「あかぼし」じゃない!
     横にいるあっちゃんは、僕の気持ちが分かるのか、ニヤニヤしている。
     秀太くんだって、目が笑っていた。くっそお〜〜
    
     「監督!こいつの名前は『あかほし』です。『ぼし』じゃありません」
     誰かが星野監督に言ってくれた!だれっ!?だれだ?
     驚いてその方を見ると・・びっくりした。
     金本さんっ!!!
     乱暴なイメージしかなかったのに・・・

     「ああ〜そうやったな『ほし』やな、わかったわかった
      まあ、早く始めよ、リンとアカボシとシュウタは
      隅っこでストレッチや」
 
      (あ〜あ、また言っているよ)

      「憲くん。あきらめ」
      「いやや、絶対覚えてもらう」
      「覚えるか覚えないか、賭けよか?うまか棒の焼きそば味でええよ」
      と、秀太くん。 
      ほんとにもうーお気楽な秀太くん。
      「じゃあ、僕はコーンポタージュ味にするわ」
      「あっちゃん!怒るぞ!!マジで嫌やのに!
      あっ、僕バーベーキュー味な」
      
      ノセラレテしまった・・・・ 

      僕、金本さんを誤解していたのかな?
      もしかして、凄くいい人なのかもしれない。
      これからの野球部が、なんだか楽しみになってきた。
      そういえば、ひとつ疑問に思った事があったんだけど・・

      なんで、あっちゃんは星野監督から『リン』って呼ばれているんだろう?
            
                          PM21時  
 
                                 
   
      
      

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