5月25日・小さな恋がやってきた日
   
     「赤星くん、今度プリクラ撮りに行こうよ!」
     「ヘッ?」

     放課後の掃除の時間、そう話し掛けてきたのは、クラス副委員長の相沢さん。
     突然の事だったから、どう返事していいのか分からなかった。
     相沢さんは、僕の顔を覗き込むようにしてもう一度言った。

     「駅前のゲームセンターに可愛いプリクラがあるから、行こう!?」
     その時、初めて僕は声を発した。
     「な・なんで?」
     「何でって・・赤星くんと撮りたいからやん!」
     「な・・な・・なんで僕と」
     「一緒に撮りたいって理由だけでは、駄目やのん?」
     「は・・はあ・・」

     今までクラスの女子とは、親しく話した事はあまり無かった。
     女子が嫌いってワケじゃなかったんだけど、放課後は当然野球部の練習があっ     たし、休み時
間は、仲良しのあっちゃんと一緒にいる事が多い。
     それに、先輩の金本さんが何故か休み時間になると、僕達のクラスに来て
     僕とあっちゃんにちょっかいかけに来るんだ。
     だから、殆ど女子との接点は無かった。
   
     相沢ひろみ・・・同じクラスになって名前だけは知っているけど、話した事は無い
     ただ1つ印象に残っている事がある。                              クラス委員を
決める時
     彼女と勉強の出来る男子との一騎打ちになった。
     クラスの空気は、委員長は男子に・・って感じになってきていた。
     その時、彼女は突然立ち上がった。

     「委員長は男子って、誰が決めたん?女子がなってもいいやん!
      男子も女子も関係ないやん」

     その言葉、今でもよく覚えている。
     しっかりとした考えを持つ女子だなって、思った。
     結局、投票で委員長は男子に決まったけど、彼女は明るい表情で
     「委員長を助けて頑張ります!でも次回は、必ず委員長になります」
     って、言ってたよなあ〜
     
     返事を濁している僕に、相沢さんが追い討ちをかけてきた
     「いつがいい?日曜は野球の練習があるから、駄目?」
     「あ・・うん、練習があるから、あかんわ」
     「じゃあ、今日学校が終わってから行こうよ!」
     「放課後も練習やし」
     「練習終わるの、待ってるから」
     「えっ?待ってるって・・だいぶ遅くなるよ」
     「いいよっ!待ってる!」
     「う、うん」

     いつの間にかOKさせられていた僕。。。

     放課後
     アップから始まり、ランニング、キャッチボール、守備練習、打撃練習など
     あっと言う間に2時間は過ぎていく。
     練習をしながらグランドの遊具に時々目をやると、相沢さんが友達と遊んでいた     り、メモ帳を見
せ合ったりしながら、まさしく「僕を待っている」

     「憲くん、今日はなんか落ち着きない」
     あっちゃんが話し掛けてきた。
     「えっ?そ、そう?」  「うん、なんか目が泳いでる」
     (それは、あっちゃんの方や〜)と、突っ込もうかと思った時
     自分の意思とは逆に、また相沢さんを見てしまった。
 
     僕の目線を見逃すはずがないあっちゃん。
     視線の先の相沢さんをすかさず見つけてしまった。
     「あれ?あれは?あ〜〜〜憲くんなんでーーー!?」
     「ちゃうちゃう!相沢さんなんて見てない!」
     
     あっちゃんのイタズラっぽい目が笑っている。
     「僕一言も相沢さんって言ってないでぇ〜憲くん、もしかして・・」
     「ちゃうわ!あいつなんか見てない!」
     「あいつ〜?へぇ〜あいつって呼び合う仲なんや〜」
     「そんなん違うって!」  「じゃあどんなん?こらー白状しろぉ〜!」
     そう言ってあっちゃんは、僕の体操服を脱がそうとした。

     「あ・あほっ!やめろって!」  「僕と憲くんの仲やん、僕に隠し事は許さんで」
     「分かったよ!さっき、プリクラを一緒に撮りに行こうって誘われてん」

     「えええ!!ほんまかあーー!凄いやん」
     「そうかなあ〜あっ!誰にも言ったらあかんで。内緒や」  「当たり前やん!」
     と言って、あっちゃんはピースサインをした。

     日が暮れ始めた頃、やっと練習が終わり、道具を片付ける。
     トンボをかけながらあっちゃんが、ニコニコしながら話し掛けてくる。

     「どこのプリクラに行くん?」  「ん、駅前とか言うてた」
     「駅前かあ〜一杯あるんかな?僕行った事ないから知らんわ」
     突然、後ろから
     「駅前は、全身用もありますよ」
     爽やかな笑顔の鳥谷くんだった。

     「ありがとうございました!」
     最後の挨拶をして、カバンを持つ。
     相沢さんは、確か校門を出た所で待ってるって、言ってたな。
     少し恥ずかしいけど、見られるのはあっちゃんだけだからいいや。
     
     「おいっ!プリクラ撮りに行くって?」
     背後から金本さんの声がした。
     それをきっかけに、数々の先輩達の声がする。
     「レッド!彼女出来たんか?」 「ええな〜羨ましいわ」 「プリクラ見せてな」

     僕は、後ろを振り向く勇気がない。
     その代わりに、横にいるあっちゃんを睨んだ。
     「内緒やって言うたやん!」  「ごめんな〜嬉しさはみんなで分け合うべきで」
     僕は、ガックリ肩を落とした。

     「赤星くん、お疲れ!」  「うん、待たせてごめん」
     そんな会話をしただけで、あとは言葉が続かない。
     相沢さんも教室での勢いはどこに行ったのか、緊張しているようだった。
     無言で駅前まで歩いて行く。
     でも沈黙を破ったのは、以外にも僕だった。

     「こんな遅くなって、お母さんに怒られへん?」
     「うん、大丈夫。お母さんまだ仕事で帰ってないから」 「ふ〜ん」
     やっぱり、後が続かない。
     なんだか余計に緊張してきて、足と手が同時に出そうな歩き方になってしまっ      た。

     やっと駅前に着いた。
     ゲームセンターも兼ねてあるプリクラコーナー。
     沢山ありすぎて、どれにしようか迷うほどだ。
     「赤星くん、どれがいい?あんまり可愛いのは嫌やんね?」
     「そうやなあ〜」(確か鳥谷くんが全身用があるって言ってたな)
     
     キョロキョロと探していたら、相沢さんが大きな声で僕を呼んだ
     「これにしよっ!これがいいよ〜!」
     相沢さんが決めたのは、バックに☆のマークが飛びかっているシンプルなもの      だった。
     「赤星くんやから、☆やんね!やっぱり」
     悪戯っぽく笑う相沢さんを見て、僕も笑顔になる。

     恥ずかしながら、初めて撮ったプリクラを見ると
     自分では普通の表情をしたつもりだったのに、プリクラの中の僕は
     お母さんに通信簿を見せる時の緊張した様な表情になっていた。
     「赤星くん、全然笑ってない〜」  「あ、ごめん。なんか緊張した」

     プリクラを2人で分けて、ゲームセンターを出た。
     また、沈黙の中帰るんかあ〜と思っていたら、相沢さんが急にペコッとお辞儀を     した。

     「一緒に写真を撮ってくれてありがとう」  「うん、別にいいけど」
     「私、ずっと前から赤星くんの事かっこいいな〜って思ってたんよ」 

     思ってみない言葉で、自分の顔がカアッ〜と熱くなったのを感じた。
     「こんな事言ってごめんね・・赤星くん小さいやん。
      でも、一生懸命ボール追いかけたり、走ったりする所を見てたら
      なんか、かっこいいなあ〜って思えてきたんよ。
      それに・・・」
     相沢さんの言葉攻撃に、もう頭の中はパニック寸前だった。

     「始業式の日、講堂で男女2列で出席番号順に並んだやん」  
     「そうやった?」

     「うん、そう。私の隣が赤星くんやん。私ら『あ』同士もん」 
     「そうやなあ〜」

     「先生がメモ取りなさいって言った時、私、筆箱忘れたのに気がついて、
      4年生になったばっかりで女子も知らない子が多かったから、貸してって
      言いにくかったんよ」   
     「そりゃそうやんな〜」

     「困ってたら、赤星くんがサッと鉛筆貸してくれたんよ。で、優しいなあ〜って」
     「へぇ〜そうやったんかあ〜」

     「覚えてないん?」
     「うん、覚えてない」

     僕の気の無い返事に、相沢さんはわざとプッと頬を膨らませた。
     「赤星くんって、おもしろ〜い!」
     「そうかなあ〜」
   
     僕は、照れて頭を掻く仕草をした。
     そこまで言って相沢さんは納得したのか、僕にこう言った
     「お母さんが帰ってくる頃だから、走って帰るね!」
     「うん」
   
     僕の前を走りかけて、急に振り返り大きな声で叫んだ

     「今度、自転車でどこか行こう!!」

     緊張した僕と満面な笑みの相沢さん。
     そんな2人の表情を捉えたプリクラを、大事そうに連絡帳の間に挟んでおいた。

       
            PM22:00      

     
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